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恋するシャンソン (フランス/スイス/イギリス・1997年) [不思議な味わいの映画]

 監督はアラン・レネ。
 主演はアニエス・ジャウイ、ジャン・ピエール・バクリ、サビーヌ・アゼマ、アンドレ・デュソリエ。
 妹のカミーユはツアー・ガイド。
 姉のオディールは人妻。
 妹はウツ気味、姉は天真爛漫な感じ。
 不動産会社の社員シモンはカミーユを愛している。
 カミーユはシモンの上司マルクに惹かれている。
 オディールの夫は浮気しているのに、妻の男性関係に嫉妬する。
 オディールは夫に反対されながらも、アパルトマンを買おうとする。
 シャンソンやポップスが流れたり、登場人物がセリフをシャンソンふうに歌ったり。
 ストーリーの面白さはなく、とりとめのない会話のやり取りが続く。
 アラン・レネ監督作品『ミュリエル』を思い出した。

8 1/2 (はっかにぶんのいち) (イタリア・1963年) [不思議な味わいの映画]

 監督はフェデリコ・フェリーニ。
 主演はマルチェロ・マストロヤンニ。クラウディア・カルディナーレ、アヌーク・エーメ、他、出演。
 主人公はマルチェロ・マストロヤンニが演じる43歳の映画監督グイド。
 医師のすすめで湯治場へ来たグイド。愛人カルラとの関係。妻ルイザとの関係。仕事をめぐる知人たちとの関係。グイドの少年時代。心惹かれる若いクラウディア。
 それらが断片的に描かれていく。
 湯治場のファーストシーンでワーグナーの『ワルキューレの騎行』が流れる。
 孤独なグイドの、願望が幻想となって現れる。
 幻想シーンと現実のシーンが交互に描かれる。
 寝室でのシリアスな夫婦喧嘩。
 悪夢のようなシーン。
 聖霊を求めたり、妻への未練があったり、グイドの内面は混乱状態。
 少年時代の回想と追想。
 映画制作の後の、最後は沈黙。
 この映画を観たのは2度目。監督自身と思われるグイドの内面や深層心理が、少し理解できるような気がした。
 マルチェロ・マストロヤンニは好きな俳優なので、フェリーニの『甘い生活』も2度観たが、その作品同様、特に感情移入できる人物や面白いストーリーがあるわけではないのに、フェリーニのユニークな映像表現と、ニーノ・ロータの独特のテーマ音楽に惹かれるようにして観てしまう不思議な味わいのある映画。

甘い生活 (イタリア/フランス・1960年) [不思議な味わいの映画]

 監督はフェデリコ・フェリーニ。
 音楽はニーノ・ロータ。
 主演はマルチェロ・マストロヤンニ。アヌーク・エーメも出演。
 マルチェロ・マストロヤンニが演じるのは、作家志望青年で、上流社会のゴシップ記事ライターのマルチェロ。
 同棲している恋人エンマがいるが、アヌーク・エーメが演じる資産家の娘と肉体関係を持ったり、ハリウッド女優と遊んだり。パパラッチ、ホモ男、パーティーでストリップ……。
 快楽と退廃と狂気と非現実の世界が淡々と描かれていくような……。
 後半で、マルチェロと恋人エンマが、互いを罵り合う激しい喧嘩をするシーンが、凄まじいというか、印象に残った。
 フェデリコ・フェリーニが、マルチェロ・マストロヤンニの演じる作家志望青年に自分を重ねて表現したかったものを、何となく感じ取れるような結末──。

愛欲の港 (スゥェーデン・1948年) [不思議な味わいの映画]

 監督はイングマル・ベルイマン。
 船員をしていた青年ヨスタが、港で沖仲士になって働くうち、若い女性ベリトと知り合う。工場で働くベリトは、少女時代に感化院で暮らしていた過去がある。母親とも不和であり、仕事にも嫌気がさし、愛も希望もない生活は不幸だった。港で投身自殺を図り、ヨスタに救われる。2人は恋人同士になるが、ベリトが過去を告白したことで、心が離れていく、というストーリー。
 観終えてみると、『愛欲の港』というタイトルは、少し違和感があるような……。若い恋人たちにも、何故か、若さがあまり感じられない。 
 それに、この映画は、すべてにおいて暗い。登場人物たちのそれぞれのキャラクターも暗い、描かれた世界の雰囲気も暗い、セリフも暗い、ストーリーも暗い、人物設定も暗い、過去の描写も暗い、男女関係の愛も暗い。本当に何もかも暗いだらけの映画である。暗過ぎて救いようのない映画と言いたくなるような、それでもラブ・ロマンスである。
 愛の歓びは束の間、失望、裏切り、怒り、憎悪、後悔、孤独、自暴自棄……と、そんな心情に、感情移入することさえ避けたくなってしまうような……。
 それでいて、最後まで観てしまいたくなるのは、イングマル・ベルイマンの独特の世界には、やはり不思議な味わいを私は感じてしまうからだと思う。
 ラストシーンで、ようやく、恋人たちの希望が見い出せることで、初めて救われたような気分に包まれた。

ミュリエル (フランス・イタリア合作 1963年) [不思議な味わいの映画]

 監督はアラン・レネ。
 若い青年である養子ベルナールと二人暮らしをしている未亡人のエレーヌは、過去の恋人アルフォンスに会いたいと手紙を書く。
 バーのマネージャーをしているアルフォンスは、姪と偽って若い愛人フランソワーズを連れて、未亡人の家を訪問する。
 エレーヌの家で暮らすことになった二人。
 養子のベルナールは、失った恋人ミュリエルが忘れられず、恋人のマリーと過ごす時だけ、心の安らぎを得ている。
 エレーヌはアルフォンスと再会しても、自分で自分の心がわからない。
 若いフランソワーズは、中年の愛人と別れて一人になりたい。
 ——というような、特に男女のドラマもなく、ストーリーらしいストーリーもない、それでいて最後まで観たくなるような、不思議な味わいの映画である。
 人生を投げ出して生きているようなニヒリスティックな時間と、現在の生活とは別の世界を憧れるような、希望を見い出す時間が、登場人物たちに交互におとずれる、そんなムードが漂っている。
 BGMも、ちょっと不思議な味わい。
 ラストシーンに歌が流れる。その歌詞が、とてもいい。

  人はみんな 自分を見失い 人生を複雑にする 
  その軌跡は 肉体の仮の姿か 夢の実現か 迷いか 
  あらしの前に 日の光を浴びて眠ろう

 生と死、現実と夢、心の迷いを捨てきれない人間を、何か暗示的に表現した詩のような——。

夏の遊び (スェーデン・1951年) [不思議な味わいの映画]

 監督・脚本は、イングマル・ベルイマン。
 ベルイマンの学生時代の体験が、モチーフになっている映画。
 ヒロインのバレリーナが、結婚の決意に迷いながら、過去の思い出の場所を訪ねる。
 若い日の真夏の恋が、追想によって描かれるが、そのシーンがこの映画で最も美しく、ヴィヴィッドな感じである。
 その追想は、恋人の不慮の事故という悲劇によって、淡く消え去り……。現実に引き戻された彼女は、ようやく結婚への迷いが断ちきれる、というストーリー。
 ベルイマンの映画は独特の暗い雰囲気が漂う。人間の生と死、世界の静けさ、哀しみのような感情が、独特の映像から感じ取れる。観始めたとたん、北欧の国、北欧の映画、という言葉も浮かぶ。
 この『夏の遊び』はベルイマンの青春の追憶であり、暗さの中に輝きがにじみ出ていて、一種のリリシズムを感じさせられるような、とても味わい深い映画だと思う。
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