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高校教師 (イタリア・1972年) [感動させられた映画]

 監督はヴァレリオ・ズルリーニ。
 脚本はヴァレリオ・ズルリーニ。
 主演はアラン・ドロン、ソニア・ペトロヴァ、レア・マッサリ。
 イタリアの小さな海辺の町。主人公は高校教師として赴任してきたダニエレ・ドミニチ。カード賭博や、放任主義の授業を行う、虚無的な雰囲気を漂わせたダニエレを、女生徒バニーナが想いを寄せる。バニーナは大人の女の魅力的な容姿と、翳りあるムードで、ダニエレを魅了する。2人は愛し合うようになるが、ダニエレの妻は不倫しながらも夫を愛し続ける。
 イタリア語版なので、イタリア語の吹き替えのため、アラン・ドロンの声は似ているが、やや、たくましさを感じさせられるセクシーな声。
 高校教師と女生徒の恋が描かれるが、2人のキャラクターは一般的な高校教師と教え子ではなく、大人の男女そのものである。ラブシーンというより性愛シーンは鮮烈なエロティシズムに満ち、息を呑むほどの濃密さで、この上なく心身を熱くさせられて感情移入と感覚移入し過ぎてしまうほど。観終えた後、特に、そのシーンの感動の余韻がずっと残っている。暗いストーリー、暗い登場人物たち、暗いシチュエーション、悲惨な結末──。男と女の激しく揺れる心が深く掘り下げられ、濃密に描かれたイタリア映画らしい素晴らしい映画。
 虚無的な教師を演じるアラン・ドロンの魅力的なことは言うまでもなく、教え子役のソニア・ペトロヴァの美貌だけではない凄まじい演技、嫉妬に身を灼く妻役のレア・マッサリの強烈な個性も発揮されて、キャストが皆良かった。こんな素晴らしい脚本を書いたヴァレリオ・ズルリーニ監督の、感性と才能を絶讃したくなるような映画だった。

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陽のあたる場所 (アメリカ・1951年) [感動させられた映画]

 監督はジョージ・スティーヴンス。
 主演はモンゴメリー・クリフトと、エリザベス・テイラー。
 主人公は、伯父が経営する工場で働く青年ジョージ。同じ職場の女性アリスと恋人同士。伯父の家で、社長令嬢の美しいアンジェラと出会い、恋に落ちる。貧困家庭に育ったジョージは、同じような境遇のアリスを捨て、アンジェラと結婚して上流階級の生活を夢見る。けれど、アリスが妊娠。結婚を迫る彼女を殺害しようと決意する──。
 この映画は何度観ても感動させられる。社長令嬢と結婚するために、妊娠した恋人が邪魔になって殺害するというストーリーは、ミステリーやサスペンスによくある、ありふれたストーリーだが、主人公の青年の恋、迷い、憧れ、野心、偽り、冷酷、焦燥など、さまざまな感情や心理に揺れる内面が繊細に濃密に伝わってきて、深く感情移入させられてしまう。
 哀れな恋人に別れを告げられないジョージの心。美しい社長令嬢との恋。結婚によって今までと違う輝かしい人生を送れるという野心。殺意をアリスに気づかれそうになった時の不安。殺意にまだ迷いが生じている心理。ボートの転覆で溺死したアリスを見殺しにして必死で逃げる心理。その青年役のモンゴメリー・クリフトの演技の素晴らしさ。純真無垢で世間知らずの美しいアンジェラが、ジョージの逮捕によって、人間としても女性としても変貌していく、輝かしさから翳りと真実の愛へと。その役を演じるエリザベス・テイラーの美貌と演技の素晴らしさ。アリス役を含め、他のキャストも良かったし、ラストでは死刑宣告という暗い結末なのに、神の存在と、男と女の愛が浮き彫りにされているようで、胸が熱くなるほど深く感動させられた。

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過去をもつ愛情 (フランス・1954年) [感動させられた映画]

 監督はアンリ・ヴェルヌイユ。
 原作はジョゼフ・ケッセル。
 主演はダニエル・ジェランと、フランソワーズ・アルヌール。
 第二次世界大戦のパリ解放の日。フランス解放軍の戦士ピエールは帰宅して、妻が他の男とベッドを共にしているのを目撃。衝動的に、肩にかけていた銃で妻を撃ち殺してしまう。裁判で、軍の功績から情状酌量となり、釈放される。リスボンへ行き、タクシーの運転手の仕事を得たピエールは、乗客のイギリス貴族の未亡人カトリーヌと出会って恋に落ちる。カトリーヌは、夫殺害の容疑で刑事から尾行されていた。ピエールとカトリーヌは互いの過去を打ち明けながらも、互いの愛を、心を、疑って、やがて悲劇がおとずれる。
 こういう映画は、もう最高に好き。フランス映画の匂いが濃厚な映画。フランス映画の醍醐味を味わえる映画。感動と陶酔の余韻が、観た後いつまでも胸に残るような映画である。
 ずいぶん前に、この映画をテレビで観ているが、その時より深く感動させられたし陶酔させられた。登場人物やストーリーの面白さ素晴らしさは言うまでもなく、セリフ、カメラワーク、キャストたちの表情を含めた演技、背景、脇役、もうすべてにフランス映画ならではの、センスの良さ美しさと肌理(きめ)の細やかさを感じさせられる。
 やはり映画は、監督の感性と才能──と、いつものように感じた。フランス映画の魅力を堪能できるフィルム・ノワール『シシリアン』の監督アンリ・ヴェルヌイユ。
 さらに原作が、小説も映画も印象深く心に残る『昼顔』の原作者ジョゼフ・ケッセル。
 愛し合っているのに、その愛を疑って、信じたいのに疑わずにいられなくて、肉体は結ばれても心が結ばれない。その熱くせつない男女の心が、深く鮮烈に伝わってきて胸を揺さぶられるし、ラストシーンの素晴らしさと言ったら、もうこの上ないという感じ。
 フランス俳優のダニエル・ジェランとフランソワーズ・アルヌールが適役中の適役。愛し合う男女の感情や心理を洞察しながら執拗に付きまとう刑事役の、個性的なイギリス俳優トレヴァー・ハワードも最高に素晴らしい。
 この映画を最初に観たのはずっと以前、月に1度放送のNHK日曜洋画劇場で、当時テレビでは珍しかった字幕付き。自宅の2軒隣のビル1Fにレンタル・ビデオ店があって、時間を見つけては洋画のビデオを借りていた。そのころはメモ・ダイアリーに、読んだ本と観た映画のメモを取る習慣があった。本はタイトルと著者、映画はタイトルと制作国のメモ。感想を記す時間も余裕もなかったが、月末にまとめて読み返すと、映画より本のメモのほうが多かった。最近は本より映画のメモのほうが多い。当時のメモ・ダイアリーは捨ててしまったが、この『過去をもつ愛情』が、フランス映画を大好きになったころに観た映画の1本と記憶している。

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私は告白する (アメリカ・1953年) [感動させられた映画]

 監督はアルフレッド・ヒッチコック。
 主演はモンゴメリー・クリフトと、アン・バクスター。
 主人公は神父マイケル・ローガン。教会で雑用の仕事をしているオットー・ケラーが資産家の弁護士宅で強盗殺人を犯した夜、そのことを懺悔される。神父ローガンは昔の恋人で人妻のルースとの関係を、その弁護士から誤解され脅迫されていた。強盗殺人を犯した時オットー・ケラーが僧衣姿だったことや、血のついたそれが神父ローガンの部屋から出て来たことで、容疑者にされてしまう。人妻ルースが神父ローガンのアリバイを証言するが、正確な時間のアリバイにはならなかった。
 自分は無実で、真犯人を知っているのに、オットーの懺悔を神父ローガンは口にできない。裁判で証拠不十分によって釈放された後、人々の罵声を浴び、それを見かねたオットーの妻が、神父の無実を叫び、夫の手で銃殺される。オットーはローガン神父が、自分の懺悔を口外したと思い込んで半狂乱になり、神父を罵って銃を向けた時、警官に射殺される。
 この映画は何度観ても感動させられる。原題の『I Confess』は、私は罪を告白するの意味だが、教会の懺悔室での懺悔だから、告白というより懺悔する、という言葉のほうが、私にとっては印象的だしインパクトがある。
 神を信じる者の懺悔を、神父は絶対話してはならないという決まり。懺悔した強盗殺人者のオットーはそのことを知っていて、神の許しを得たいために懺悔する。神父ローガンは殺人犯として裁かれて絞首刑になるかもしれないのに、無実を証明できるオットーの懺悔の言葉を、口にできない。
 そのことが、何度観ても、もどかしい気持ちと共に胸が熱くなるほど、せつなくてたまらなくなる。
 主演のモンゴメリー・クリフトとアン・バクスターが適役中の適役と言えるほど素晴らしい。ずっと以前、この映画を初めて観た時は、『陽のあたる場所』と『地上より永遠に』を観ていて、いっそうモンゴメリー・クリフトが好きになった。その後観た『女相続人』も印象深い。
 さらに今回は、神父の昔の恋人で政治家の妻役のアン・バクスターの魅力をあらためて感じた。思い出すのは『イヴの総て』だが、他の女優にはない独特の表情などの演技、その個性的な魅力に以前観た時より惹かれた。
 ただ、神父ローガンが、戦争から帰って再会した恋人が結婚していたことで絶望し、神父になったと語るシーンがカットされていて残念だった。ノー・カット版で、鮮明な映像で、もう1度この映画を観たいと思った。

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天使の詩 (イタリア・1965年) [感動させられた映画]

 監督はルイジ・コメンチーニ。
 原作はフロレンス・モンゴメリー。
 主演はアンソニー・クエイル。
 主人公はイタリアに駐在するイギリス大使ダンカン。8歳と4歳の男の子がいるが、妻を亡くしてしまう。次男のミロは病弱で、ショックを与えないため母の死を告げず、長男アンドレアに、旅行中と言わせる。ある夜、ミロが、ママが死んだと叫んだので、アンドレアが約束を破って話してしまったと思い込む。それ以来、アンドレアとの関係が微妙に。アンドレアを誤解し、息子の胸のうちを理解しきれなかった父親ダンカン。やがて悲運な事故が起こる。
 2人の兄弟を演じるキャストが、この上なく可愛らしい。他のキャストもみな良かった。母を亡くした子供たちへの、父の想い。母が不在の寂しさを胸に秘めながら、父の愛を求める幼い兄弟の心。それらが伝わってきて胸が熱くなり、涙があふれそうになる。映画館で観た時と同じくらい深く感動させられた。

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禁じられた遊び (フランス・1952年) [感動させられた映画]

 監督はルネ・クレマン。
 原作はフランソワ・ボワイエ。
 主演はブリジット・フォッセーと、ジョルジュ・プージュリー。
 第2次世界大戦中のフランス。パリから疎開先へ向かう途中、ナチの爆撃によって両親を亡くしてしまった5歳の少女ポーレット。農家の少年で10歳のミシェルと出会い、彼の家へ連れられて行く。家には両親と兄と姉がいて、ポーレットに同情して同居させる。ミシェルとポーレットは無知で無垢なまま、十字架遊びをしたりして、純真な愛が芽ばえていく。
 何度観ても感動させられる映画。幼い少女ポーレットは愛らしく、周囲から同情と共に愛されずにいられない存在。ミシェルにも一時的な家族にも、甘えたり我がままを言ったり。少年ミシェルは可愛いポーレットから好かれたい、褒められたい、愛されたい、そして守ってあげたい、ずっと離さないで抱き締めてあげたい──。やがて別れの時が来て、ポーレットが自分を守ってくれ愛してくれるミシェルの名を呼び続けるラストシーンでは、胸が詰まって涙が止まらなくなる。
 ルネ・クレマン監督独特の世界。戦争の悲惨さや哀しみと同時に、少年と少女の純真な愛が描かれることで、男と女の本質が描かれているような気もする。印象的なテーマ曲『愛のロマンス』が、観終えた後も、感動の余韻と共に胸の中でずっと流れ続けているようだった。

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第三の男 (イギリス・1949年) [感動させられた映画]

 監督はキャロル・リード。
 原作はグレアム・グリーン。
 主演はジョゼフ・コットン、アリダ・ヴァリ、オーソン・ウェルズ。
 主人公はアメリカの作家ホリー・マーティンス。古い友人ハリー・ライムに頼まれてウィーンへ来たが、ハリーは交通事故で死亡し、葬儀の最中だった。ハリーの恋人の女優アンナと知り合って、ハリーの死に疑惑を感じ、真相を探って行く。
 ずっと以前、この映画を初めて観た時、どうしてこれが名画なのか、よくわからなかったが、よく聞く印象的なテーマ曲と、ラストシーンは感動的だった。
 2度目に観た時、モノクロ独特の映像の美しさ、カメラワークのセンスに感動したし、ストーリーの面白さも感じた。
 3度目に観てみると、ラストシーンの感動が、より深まった。〈第三の男〉の葬儀の後、長く続く道をハリーの恋人アンナが立ち去って行くシーン。作家を演じるジョゼフ・コットンが、アンナに声をかけて無視され、吸いかけの煙草を道に捨てるそのシーンがこの上なく素晴らしく印象的だった。ジョゼフ・コットンは好きな俳優だが、その煙草の捨て方が最高に素晴らしい表現に感じられて、より深く感動させられた。

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チャイコフスキー (ソ連・1970年) [感動させられた映画]

 監督はイーゴリ・タランキン。
 主演はインノケンティ・スモクトゥノフスキー。
 作曲家チャイコフスキーの幼い日に芽ばえた音楽への情熱。恩師との関係。ソプラノ歌手との恋と別離。結婚。離婚。生涯、1度も会うことのなかった資産家夫人との愛と別れ。それらが、チャイコフスキーの名曲をテーマ曲に描かれる。
 主役のインノケンティ・スモクトゥノフスキーが、写真で見るチャイコフスキーに似ている美男なので、自然に感情移入できた。ルックスだけでなく、演技も、とても良かった。妻や資産家夫人なども含め、キャストが皆、良かった。
 他の国と違う、ロシア映画には、〈濃さ〉のようなものを感じる。あるタイプの日本映画のように薄味ではない、独特の濃さ。独特の雰囲気。濃厚さ。それらの醍醐味を堪能できた。また、無駄な映像やシーンがなく、観客の想像にゆだねるような映像とシーンの、センスの良さも感じた。チャイコフスキーの愛も、孤独も、才能も、歓びも、苦悩も、効果的なテーマ曲と共に鮮烈に伝わってきた。
 映画館で観た時と同じくらい感動した。最初観た時と違うのは、プラトニック・ラブの相手の資産家夫人が、
 ──あなたへの感情は、私のものなのです──
 と、手紙に書いた文章に、胸が熱くなったことだった。1度も会ったことがなくて、どうしてそれほど深く愛し続けられるのか。手紙のやり取りだけの関係。プラトニック・ラブ中のプラトニック・ラブ! それは、1人の芸術家への尊敬とか理解とか崇拝とか献身的な支えだけではなかったような気がする。女として、夫人は会いたい気持ちを自制しながら、胸の奥に秘めながら、チャイコフスキーを愛し続けていたのだと思う。
 フィクションか事実かわからないが、1度だけ会うチャンスがあったのに、チャイコフスキーは、自信がないと言って夫人の誘いに応じなかった。その時の夫人の失望と落胆のシーンは印象的。けれど、夫人にとって、チャイコフスキーへの想い、愛の深さ、感情が、完全に伝わらなくても良かったのかもしれない。それは単なる片想いではなく、芸術家への理解者とか経済援助者というだけでなく、夫人のイメージのチャイコフスキーという男性を情熱的に愛する、夫人の人生そのものなのだから。それが、
 ──あなたへの感情は、私のものなのです──
 という手紙の文章に表れているような気がする。
 チャイコフスキーもまた、いつも夫人を傍に感じながら生きていたのかもしれないと思う。夫人から絶縁された後、チャイコフスキーはオペラや名曲を創り出している。真の芸術家は、満たされた生活ではなく苦悩の日々の中で名作を生み出すものと、あらためて思った。
 エンド・クレジットが流れるのを見ながら、ロシア映画っていい、この映画も、『戦争と平和』も『アンナ・カレーニナ』も『カラマゾフの兄弟』も、他にも何本か観ていると思うが、ロシア映画って本当に素晴らしいと、つくづく感じた。

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ルートヴィヒ 神々の黄昏 完全復刻版(イタリア/西ドイツ/フランス・1972年) [感動させられた映画]

 監督はルキノ・ヴィスコンティ。
 主演はヘルムート・バーガーと、ロミー・シュナイダー。
 19世紀のドイツ。18歳でバイエルンの国王になったルードウィヒ2世。狂気と孤独の狭間(はざま)で日々を過ごし、退位させられて、40歳で謎の死を遂げるまでが描かれる。
 約4時間の大作。昼下がりから夕方までかかって観た。ルートヴィヒを演じるハルムート・バーガーの冷たい表情が、とても印象的。孤独なルートヴィヒが愛する、従姉で皇妃エリザベートを演じるロミー・シュナイダーが、この上なく魅力的で素晴らしかった。強烈な個性と妖艶な美しさ。女の烈しさと昏い情熱が、伝わってくるようだった。
 耽美と狂気と退廃が醸し出すムードが、随所に感じられるような、ヴィスコンティ独特の世界に浸ってしまった。 


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ルシアンの青春 (フランス・1973年) [感動させられた映画]

 監督はルイ・マル。
 主演はピエール・ブレーズ。
 第2次世界大戦末期、ナチス支配下のフランス。17歳の少年ルシアンが、仕事の休暇で帰宅すると、家は他人の手に渡り、父はドイツ軍の捕虜、母は村長の愛人になっていた。レジスタンスに加わるつもりが、ナチスのゲシュタポの尋問にあい、レジスタンス活動について喋ったことで、ゲシュタポの手先となる。その後、ユダヤ人の洋服店の主人と親しくなり、娘のフランスに想いを寄せ、やがて逃避行してしまう。
 戦時中の少年と少女の愛が描かれた映画ではない。レジスタンス活動するつもりだったのに、ドイツ警察と名乗る側になり、けれど想いを寄せるユダヤ人少女を助けてしまうという少年の心の動きが描かれる。さらにユダヤ人少女フランスは、ルシアンを真に愛しているのかいないのか、ナチスから助かりたいために利用しようとする心の動きが描かれる。また、ルシアンは、食用の小動物を残虐に殺す性格であり、フランスは大人びた美しい少女で、ピアノを弾き、ダンスも踊る活発な性格。その2人のキャラクター設定がストーリーに重要に関わっている。ルシアンは美少年でもなく裕福でもなく頭が良いわけでもない。ドイツ警察と名乗る身分が、洋服店の主人やフランスに一目置かれていると知っている。
 一番印象的なのは、ラスト近くのナチスからの逃避行。ルシアンと楽しそうな戯れに、無邪気な笑い声をあげるフランスが、野原で居眠りしているルシアン目がけて大きな石の塊を振り下ろそうとするシーンだった。
 愛も憎しみも本能も恐怖も不安も、ルシアンとフランスの口から語られることはなく、その心の動きをすべて観客の想像に委ねるというような描き方に感動させられる。
 ドイツ支配下のフランスが舞台の映画は何本か観たが、こういう描かれ方の映画を観たのは初めてだった。単なる戦時中の少年少女の愛がテーマではなく、その時代、その環境にあって、自分でどうしようもない心の深奥が人間には付きまとうという象徴のように感じられた。

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