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太陽がいっぱい (フランス・1960年) [陶酔させられた映画]

 監督はルネ・クレマン。
 原作はパトリシア・ハイスミス。
 音楽はニーノ・ロータ。
 主演はアラン・ドロン。
 主人公のトム・リプレイは貧しいアメリカ青年。資産家の息子フィリップと親しくなってローマで遊び回るが、彼の父親からアメリカへ連れ戻すよう頼まれていた。フィリップには、パリジェンヌのマルジュという恋人がいて、彼らと一緒にトムもヨット遊びに出発。ある野心を胸に秘めていたトムは、フィリップとマルジュを喧嘩させ、怒った彼女が船から降りた後、フィリップをナイフで殺害。死体を海に捨て、トムはフィリップになりすまして、秘めていた企みを次々と実行していく。
 アラン・ドロンという俳優に、初めて魅了された映画。悪魔的美青年の表情の、アラン・ドロンの顔がアップで映るシーンが3か所あるのが印象的。絶世の美青年という言葉が、これほどふさわしい俳優は他にいないと思われるほど。
 フランス映画の魅力を初めて知ったのも、ルネ・クレマン監督とニーノ・ロータという作曲家の名前を知ったのも、この映画が初めてだった。その後、何度観たかわからない。何度観ても陶酔させられる。原作の小説も読んだが、面白いミステリーで、パトリシア・ハイスミスの小説を読むきっかけになった。
 ラストシーンの素晴らしさといったら、言葉にできないほど最高に美しく、フランス映画的なセンスを感じさせられ、これ以上素晴らしいラストシーンの映画は他にないのではないかと思うくらいである。印象的なテーマ音楽とともに、クレジットが流れ終わるのが惜しいほど、いつまでも感動と陶酔の余韻に浸っていたくなるような映画である。

近松物語 (日本・1954年) [陶酔させられた映画]

 監督は溝口健二。
 原作は近松門左衛門。
 脚本は依田義賢。
 主演は長谷川一夫と香川京子。
 主人公のおさんは、裕福な大経師内匠の当主である以春の若い後妻。実家の兄の借金の工面を夫に頼めず、手代の茂兵衛に打ち明ける。茂兵衛は、おさんを助けたくて、主人の印判で取引先から借りようとしたが、発覚して以春の怒りをかい、監禁される。おさんと茂兵衛は共に逃亡し、互いの心を知って不倫の恋が燃え上がる。逃亡先で引き離されてしまうが、別れて生きて行けない2人はふたたび逢い、やがて姦通罪で市中引き回しの刑に罰せられる。
 10数年前にテレビで、溝口健二監督の特集番組の映画を、立て続けに観て感動した映画の1本。
「私は絵巻物のような映画を作りたい」と語ったという溝口健二監督の言葉は印象的。観始めたら映像から一瞬も眼が離せなくなってしまうほどの物語の描き方、人物の描き方に独特な魅力が感じられる。人間の内面、心の奥、その深い心情をこれほど濃密に描ききれる日本人監督は他にいないような気がする。また、これほど日本の映画作品を芸術に高めた映画監督も他にいないような気がする。
 この映画は3度観たが、2度目も3度目も初めて観た時と同じ感動と陶酔に包まれ、溝口健二監督作品の素晴らしさをあらためて感じさせられた。

ローマの哀愁 (アメリカ・1962年) [陶酔させられた映画]

 監督はホセ・キンテーロ。
 原作はテネシー・ウィリアムズ。
 主演はヴィヴィアン・リーと、ウォーレン・ベイティ。
 有名女優カレン・ストーンは、若さを失ったことを自覚し、人気も落ちて女優をやめる決心をする。夫を亡くし、莫大な遺産を相続。一人でローマへ行き、高級アパートを借りて優雅に過ごす。ある日、知人の伯爵夫人から、美青年パオロを紹介され、愛するようになる。パオロは、伯爵夫人と組んだジゴロだが、誇り高いカレン・ストーンを虜にしてしまう。
 主人公の女優カレン・ストーンは、『欲望という名の電車』(アメリカ・1951年)の主人公ブランチ・デュボアと似ている。カレン・ストーンは裕福で、ブランチ・デュボアは浪費のために貧窮していたが、本質的に同じタイプの女性に感じられる。
『欲望という名の電車』でも、自己愛が強く、若さを失った自覚と焦りがあり、男性の愛を求めずにいられないヒロインの心情が描き出されていたが、『ローマの哀愁』のヒロインも、若さを失ったことに絶望し、傷つきながらも、美青年ジゴロの愛に縋らずにいられないような、せつない心情が伝わってくる。
『欲望という名の電車』から、10年後の『ローマの哀愁』。ヒロインに重なって、ヴィヴィアン・リーの、女優として、女性としての歳月も、精神面の変化や人生も、想像されるような感慨深さもあった。
 撮影当時、ヴィヴィアン・リー48歳、ウォーレン・ベイティ24歳。似合いのカップル、どちらも適役中の適役という感じ。
 この映画のウォーレン・ベイティの美青年ぶりには、もう、陶然とした心地にさせられる。美青年といっても、端整な顔立ちというより、まなざしや雰囲気がジゴロ役として、この上なく素敵である。しかも、パオロは、単なるジゴロではない。富裕な女性に甘い言葉を浴びせ続けるとか、ムーディな扱い方が巧みとか、ベッドでの魅力とか、そんな低俗なジゴロではない。ベッドでの魅力は想像されるにしても、20年上の女性カレンを虜にした後、彼女を言葉で傷つけ、勝手で我がままな行動を取り、若い女との関係を嫉妬させる、悪魔的美青年ジゴロである。
 ジゴロが登場する映画を何本か観たが、この映画のウォーレン・ベイティが演じるジゴロほど魅力的な美青年ジゴロを、見たことがない。それほど、魅力的で魅惑的で蠱惑的で眩惑的に美しいジゴロである。
 パオロは現地のイタリア青年であり、アメリカ女優カレンを蔑(さげす)みながら惹かれている、というところが、この原作の素晴らしさに感じられる。カレンはパオロを、お金を欲しがる低俗男と蔑み、パオロはカレンを若さのないアメリカ女と蔑む。それでいて、傷つけるのは愛しているからというような言葉がある。真実の愛があるのかないのか、打算と性の快楽だけなのか、その答えを出さずに、観客の想像と感性にゆだねているような描き方も、この映画の素晴らしさに感じられる。
 欲を言えば、イタリア青年の情熱やエネルギッシュさが、ちょっぴり不足している気がしなくもなく、アメリカ青年俳優ウォーレン・ベイティが都会的でスマート過ぎる、という感じもしなくもないが、そう気にならなかった。
 パオロを失ったカレンが、ストーカーのように付きまとっていた現地の貧しそうな青年に、バルコニーから自宅の鍵を投げる、青年がやって来る、彼を見つめるカレンは、いっときの快楽への期待と同時に、自分におとずれる運命を待ち受けるような表情に感じられて、そのラストシーンは息をのむほど衝撃的。その衝撃の余韻が、観終わった後、いつまでも残っていた。

獲物の分け前 (フランス・1966年) [陶酔させられた映画]

 監督はロジェ・ヴァディム。
 原作はエミール・ゾラ。
 主演はジェーン・フォンダと、ピーター・マッケナリーと、ミシェル・ピッコリ。
 パリ郊外の豪華な邸宅に住むルネは20年上の夫と暮らしているが、愛はなく満たされなかった。
 夫の先妻の息子マクシムと、いつか深い関係になり、恋に溺れて、身の破滅を招く。
 ロジェ・ヴァディム監督と結婚した翌年の、29歳のジェーン・フォンダの美しさ、女性らしさ、愛らしさ! 他のどの映画より輝いているし、ジェーン・フォンダの魅力が最もよく出ているような気がした。
 年上の世代の夫から心身共に満たされない妻が、義理の息子である青年と愛し合うようになる、その恋と情熱と歓喜と幸福と不安とせつなさと狂おしい欲望と絶望感が伝わってきて、胸が熱くなるほど感動させられた。

ひまわり (イタリア・1970年) [陶酔させられた映画]

 監督はヴィットリオ・デ・シーカ。
 脚本はチェザーレ・ザヴァッティーニ、アントニオ・グエラ、ゲオルギ・ムディバニ。
 音楽はヘンリー・マンシーニ。
 主演はマルチェロ・マストロヤンニと、ソフィア・ローレン。リュドミラ・サベーリエワも出演。
 第2次大戦時代のナポリ。若い男女のアントニオとジョヴァンナは愛し合い、結婚式を挙げたが、夫が徴兵を逃れようとした罰で、厳寒のソ連戦線に送られてしまう。
 歳月が流れ、ジョヴァンナはアントニオの行方不明の通知を受け取るが、生きていると信じて夫を捜しに行く。
 やがて、2人は再会するが、それぞれ家庭があった。
 この映画は、好きで好きで、何度観たかわからない。10回は観ていないが、5回以上。
 何度観てもラストで涙があふれてしまう。初めて観た時の感動が、少しも薄れない。何て素晴らしいイタリア映画と、感動の余韻がずっと心を熱くしている。
 観るたびに、あるシーンのディテールに気づかされたりする。たとえば、歳月を経て2人が再会することになったシーン。ジョヴァンナが、新婚の日にアントニオからプレゼントされたイヤリングを探すシーンである。もうすぐ、アントニオが家にやって来る。愛の思い出のイヤリングが、なかなか見つからず、あちこちの引き出しを開けて探す。
 そのシーンで、ジョヴァンナの家庭生活が幸福だということが感じ取れる。もし、不幸で、今もアントニオへの愛だけに生きているなら、プレゼントのイヤリングはどこにしまってあるか、すぐに取り出せるはずだからだ。イヤリングを探すジョヴァンナの心理も、歳月の流れも感じさせられるが、そんなことも気づかされて、脚本の素晴らしさにいっそう感動する。
 その再会の夜のシーン。大雨で、停電。薄暗がりの中での再会。お互いに暗いほうがいいでしょうとジョヴァンナは呟く。やがて、ろうそくをつける。さらに、電気の明かりがつく。少しずつ、相手の容貌に、若さが失われたことを知る。それでも、愛は消えていない。その愛を確かめようとする時、ジョヴァンナの子供が隣室で泣き出す。子供のベッドへ行くジョヴァンナ。名前は? とアントニオは聞く。アントニオ、と即座に答えるジョヴァンナ。ぼくの名前を? 違うわ、聖アントニオのアントニオよ。ジョヴァンナはそう答える。この会話のやり取りの素晴らしさ! 本当は愛し続けた男の名前──と、そのシーンでは決まって胸が熱くなる。
「どうして、こんなことになってしまったんだろう」
「わからないわ」
 この会話も印象的。戦争によって変えられてしまった男女の運命。変えられなかった愛。歳月の流れの残酷さ。
 印象的なシーンが他に何か所もある脚本の素晴らしさ! テーマ音楽の美しさ! ヴィットリオ・デ・シーカ監督の映画は、男女のせつない愛、相手に心が伝わりきれないもどかしさ、愛の深さ、どうしようもない人間の心が描かれている映画が多いような気がして、好きな監督である。

危険がいっぱい (フランス・1964年) [陶酔させられた映画]

 監督はルネ・クレマン。
 原作はデイ・キーン。
 主演はアラン・ドロンと、ジェーン・フォンダ。
 アメリカのギャングのボスの妻と浮気して発覚し、殺されかけた青年マークは、救世軍施設に逃げ込む。
 その施設に食物を施していたアメリカ未亡人バーバラの運転手として雇われ、マークは別荘に住むようになる。
 未亡人と従妹のメリンダから想いを寄せられるが、ギャングからは生命を狙われ続け、その別荘でもマークを陥れる危険な罠が待ち受けている。
 原題はThe Love Cage。邦題はやや不満。愛という言葉がつく邦題がいいと、観るたびに思う。
 最高に面白いストーリーの心理サスペンスで、何度観ても、酔わされる映画。
 キャストがすべていい。それぞれのキャストの魅力がたっぷりと出ている。
 軽薄な美青年マークと、成熟した女の色香の濃厚な未亡人バーバラの危うい関係。
 バーバラと、嫉妬深い愛人ビンセントとの関係。
 マークを愛しているが、一人前の女として扱われないメリンダと、マークの関係。
 そして、最後には素晴らしいどんでん返し!
 原題The Love Cageが象徴的な結末。女にとって、理想的な愛の形かも──。

刑事 (1959年・イタリア) [陶酔させられた映画]

 監督はピエトロ・ジェルミ。
 主演はピエトロ・ジェルミと、クラウディア・カルディナーレ。
 音楽はカルロ・ルスティケリ。
 アパートに住む主婦が殺害される事件が起こる。主人公の警部が捜査を担当し、真相を突き止める。登場する人間たちの人生や愛と哀しみが描写された心理サスペンス。
 主題歌のアリダ・ケッリが歌う『死ぬほど愛して』(カルロ・ルスティケリ作曲)を私は大好きで、一時期、CDで毎日聴いていた。午後の数時間、家事をしながらCDを聴く習慣がある。『死ぬほど愛して』は、友人に貰ったCDに入っていた。他にエルヴィス・プレスリーなどのロックや、モダン・ジャズや、映画音楽が入っていたが、『死ぬほど愛して』が流れると、心身が熱くなるような感覚に襲われ、家事の手を止めたくなる。ソファの背にもたれて軽く目を閉じて聴きながら、胸の中に熱いものがあふれ出るような感じ。イタリア語で歌われる『死ぬほど愛して』を聴くと、愛する恋人を求めてせつなく悶えて死んでしまいそうなほど心も身体も狂おしいのとうったえているように感じ取れる。
 CDで初めて『死ぬほど愛して』を聴いたのではなく、あちこちで聴いて知っていた。けれど、そのCDで聴いて、初めて、深く魅了されたのだった。その時はまだ、何の映画の主題歌か知らなかった。CDをくれた友人は知っていて、『刑事』も観ていて、ストーリーを話してくれた。面白そう、と思い、ネットやショップでDVDをずいぶん探したが、なかった。NHKのBS映画劇場で初めて観たのである。
『鉄道員』(イタリア・1956年)は数回観るほど感動したから、監督・脚本・主演のピエトロ・ジェルミは知っていた。そのピエトロ・ジェルミが刑事役、そして犯人に疑われる家政婦役がクラウディア・カルディナーレ。ピエトロ・ジェルミもクラウディア・カルディナーレも個性的な演技が素晴らしくて、アメリカ映画やフランス映画と違ったイタリア映画独特の魅力を堪能できる。ラスト・シーンで『死ぬほど愛して』が流れ、観終えた後までその主題歌に熱く揺さぶられるような思いがした。

美女ありき (イギリス・1941年) [陶酔させられた映画]

 原題はLady Hamilton。
 監督はアレクサンダー・コルダ。
 主演はヴィヴィアン・リーと、ロレンス・オリヴィエ。
 18世紀の末期、ハミルトン卿大使夫人エマと、勇敢な提督ネルソンとの不倫の恋。
 ハミルトン卿夫人といっても、結婚はしていない。年齢差のあるハミルトン卿の、愛人にすぎない女性。愛人といっても、愛もセックスもない関係である。貴婦人の意味の、レディ・ハミルトンとエマが人々から呼ばれるのは、ハミルトン卿に対する礼儀のようなもの。エマは婚約者から捨てられ、ハミルトン卿のお飾り愛人になるしか生きる術(すべ)がなかった女性である。
 そんなエマを演じるのが、ヴィヴィアン・リー。
 ナポレオンを破った提督ネルソンを演じるのが、ロレンス・オリヴィエ。
 この映画のヴィヴィアン・リーは、とびきり美しい。言葉で言い尽くせないほど魅力的である。
 映画『哀愁』の翌年。映画『風と共に去りぬ』の2年後である。
 不倫の恋から、ロレンス・オリヴィエと結ばれた時期、女として幸福の絶頂期ということもあるのだろうか。愛し愛されることの、自信に満ちあふれているような輝きが感じられる。
 それは、この映画の中でもロレンス・オリヴィエと恋に酔う、エマのキャラクターということもあるけれど、演技にも雰囲気にも艶(あで)やかさと輝きが満ちあふれているような気がする。
 モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』のオペラを鑑賞するシーン。 
 愛し始めたばかりの、ネルソン提督との別れのシーン。
 ネルソンのもとへと、バルコニーを夢中で走るエマの姿。
 彼に抱き締められてのキスシーン。
 一夜を共に過ごして……。
「見られたかもしれない」
「私は気にしないわ。後悔してる?」
「後悔するのは、君なしの今までと、これからだ」
 そんな会話のやり取りのシーン。
 印象に残るシーンや、もう1度観たくなるようなシーンが随所にあって、何度観ても、また観たくなるような素晴らしい映画である。

恋人たち (フランス・1958年) [陶酔させられた映画]

 監督は、ルイ・マル。
 原作は、バロン・ド・ドミニク・ヴィヴァン・ドノン。
 脚本は、ルイ・マルとルイ・ド・ヴィルモラン。
 音楽は、ヨハネス・ブラームス。
 主演は、ジャンヌ・モロー。
 ルイ・マル監督の2作目の映画。初めて、この映画を観た時の衝撃は、忘れられない。
 私が観たジャンヌ・モローの出演の映画で一番好きな作品。ジャンヌ・モローの魅力が最も感じられる映画である。ただ美しいとか、表情や演技が素晴らしいとかいうだけではない。ジャンヌ・モローが演じている人妻のキャラクターによって、表現されている女性の性(さが)とか本質などに強く魅かれるせいもあるかもしれない。
 ジャンヌ・モローの魅力だけではなく、原作の良さもあり、テーマ音楽として流されるブラームスの曲の魅力もあり、何より、脚本も担当したルイ・マル監督の感性と才能の素晴らしさにほかならないと、私には感じられる。まだ20代半ばという若さのルイ・マル監督が、成熟した人妻と考古学者の青年との恋を、これほど濃密にリアルに描くなんて信じられないと言いたくなるほどの驚き。恋を、愛を、女の心理を、男の心理を、熟知していなければ制作できないのではと思われるような、男女の心理ラブ・ロマンス、と定義したくなる世界──。
 ジャンヌ・モローが演じるのは、地方の新聞社主の妻。愛のない結婚生活に耐えられないように、月に2度、パリへ出かけては女友達や浮気相手と刺激的なひとときを過ごしてくる。夫は妻の裏切りに気づいていて、妻の交際相手の男女を自宅に招待する。その日、帰宅の途中、彼女は車が故障し、助けを求めた青年考古学者とめぐり逢う。
 その青年考古学者と恋に落ちて、情熱的な一夜を共にし、女として生まれ変わり──。
 ブラームスの甘い調べの曲が流れ続け、静まり返った夜の庭を、抱き合いながら散策する人妻と青年考古学者のラブシーンが最高に美しいのである。
 2人は何度も、唇を激しく重ねて……。
 揺れるボートの中での、抑えられない愛撫に身をゆだねて……。
 愛の言葉はなく、互いの名を呼び合うだけで燃え上がり……。
 言葉で言い表せないほどのフランス映画のラブシーンの美しさに、ため息が出るほどである。
 翌日、2人は新たな人生に向かって出発するが、その時の男女の心理描写のリアルさが、いかにもフランス映画らしいのである。
 走る車の中で、幸福そうに寄り添う姿。恋の歓喜と快楽の夜が明けた、朝の光の中。男も、女も、鏡が眼に触れる。甘美な夢から覚めたように、ふと現実世界がそこにあるのに気づく。同時に、愛し始めたばかりの相手に微笑む。愛の視線を交わす。空腹を感じ、レストランに入る。食事をして、地図を広げて……。女は、ふと壁の鏡を見る。不思議そうに。自分自身を。そして恋人と寄り添い、店を出ると、車に乗り込んで──。
 そして、多分、原作にある文章の朗読が流れる。
 ──最初の夜の幸せが再びあるだろうか。夜明けの危険な時間に、早くも彼女は自分を疑っていた。彼女は不安だったが、後悔はしなかった。──

レベッカ (アメリカ・1940年) [陶酔させられた映画]

 原作は、ダフネ・デュ・モーリア。
 監督は、アルフレッド・ヒッチコック。
 主演は、ロレンス・オリヴィエと、ジョン・フォンテーン。
 原作の『レベッカ』も、面白い小説だった。
 由緒あるイギリス貴族のマキシムと、富豪夫人のアシスタントの若い女性との恋。
 マキシムに求愛されて結婚した彼女は、イギリスにある邸宅に暮らし始める。
 マキシムの先妻レベッカは亡くなったが、邸宅に亡霊となって棲み続けているような恐怖と不安に彼女は苦しめられる。
 けれど、健気(けなげ)に妻としての努力をしながら、マキシムの先妻レベッカの亡霊に怯える日々、彼を愛し続けて……。
 サスペンスのムードがラストに向かって濃厚になっていき、先妻レベッカの死の、意外な真相が明らかになって……。
 ラストで、象徴的な事件が起こって、感動的なシーンが……。
 最初に2人が南フランスのモンテカルロで出会うシーンの、ロレンス・オリヴィエの素敵なこと! ジョン・フォンテーンの清楚な美しさ! この2人のラブ・ロマンス、ラブシーンは、とても美しい。
 観終わった時、私は夢から覚めて現実に引き戻されたような心地がした。
 ヒッチコックの映画で、この映画『レベッカ』が一番好きになりそうな気がした。一瞬の雑念も浮かばないほど、この映画の世界に夢中で浸ってしまったからである。
 ヒッチコック41歳の時の作品。イギリスからアメリカに来て、1本目の作品である。ハリウッド映画第1作目の気合いや意気込み、のようなものも感じられた。翌年には『断崖』、その2年後に『疑惑の影』、その2年後に私の好きな『白い恐怖』『汚名』『パラダイン夫人の恋』と続く。50年代にも面白い映画がたくさんある。60年代にも70年代にもヒッチコックらしい面白くて洒脱なサスペンス映画がある。
 この映画『レベッカ』を観て、あらためて私はヒッチコックの感性、才能、実力、執着、エネルギーなどを感じさせられ、ヒッチコック映画をいっそう好きになった。
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