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水曜日のエミリア (アメリカ・2009年) [感動させられた映画]

 監督と脚本はドン・ルース。
 原作はアイアレット・ウォルドマン。
 主演はナタリー・ポートマン。
 主人公は新人弁護士エミリア。事務所の上司ジャックと恋に落ちて妊娠。ジャックは、医師の妻と、8歳の息子がいたが、協議離婚。エミリアは、夫の息子ウィリアムと微妙な関係。ウィリアムは別れた父と母の家を行き来していて、毎週水曜日、泊まりに来る。ジャックの元妻は、別の男性と再婚。
 エミリアは、出産した赤児の突然死の悲しみが癒えず、夫にも継子にも、素直に愛情表現できない。生まれたばかりの我が子の死についての秘密を、夫に告白し、一人で生きて行く決心をして家を出る――。
 主人公の人物像と内面が、深く濃密に描き出されていて、現代アメリカ映画と思えないような素晴らしい映画だった。予想外のストーリー展開やキャラクター設定など、脚本がよく練れているというか、洗練されているというか、才能ある脚本家と感じていたら、ドン・ルース監督の脚本であることを、観終えてから知った。ドン・ルース監督は、監督作品より、脚本の映画のほうが多いことも知って、道理でと思った。原作の面白さもあると思うが、やはり脚本と監督で、これほど素晴らしい映画作品になったのだと思った。
 ファーストシーンで主役のナタリー・ポートマンを見た時、現代アメリカにこんな魅力的な女優がいたのと驚いた。ヨーロッパ系アメリカ人かもと思って調べたら、ユダヤ系だった。女優らしい女優、本物の女優、才能ある女優という感じがした。容姿の美しさだけでなく、表情がとてもいい。演技し過ぎないのである。キャラクターの内面を、さりげなく表現している感じがする。その内面を観客に想像させる余地を残すような演技をする俳優が私は好きだが、ナタリー・ポートマンはその才能があると思った。
 感性豊かな女性であるエミリアのキャラクターは興味深い。夫から、ウィリアムを見る眼が冷たいと言われるが、本当は愛している。また、母を捨てて女に溺れた父を、激しい憎悪から罵倒し侮蔑の言葉を浴びせるが、本当は父を愛していることに気づかない。
 ラスト近くで夫がエミリアに、「きみは愛する人間に厳し過ぎる」と言う。その言葉が、印象に残った。クライマックスは、ずっと胸に秘めてきた、誰にも語れなかった悲しい秘密を、エミリアが夫に告白するシーン。このシーンで、私は涙が止まらなくなった。あれは、本当は突然死ではなかった、愛する我が子を、初めて産んだ赤ちゃんを、私が死なせてしまった、私が殺してしまったとエミリアが泣き叫ぶシーンである。我が子の死だけでなく、その原因に、涙があふれ続けて止まらなくなったのだ。
 若い母親、初めての育児、隣に夫が寝ているベッドで赤ちゃんを胸に抱いたまま、ベビーベッドに寝かせていたら起きなかった悲劇、出産後の身体は睡眠を欲している時刻、我が子に死が訪れるなんて夢にも思わない幸せな眠り、出産後の女性の本能、身体の自然な欲求――。何十年も昔の経験が、ふと蘇ってくるようだった。
 エミリアは自分を責めて責めて責め抜いて、突然死した赤ちゃんという偽りを、ひとりで胸の奥に秘めて生きてきた。けれど――。
 それはエミリアの思い違いで、やはり突然死だったと医学的に証明した人間がいる。夫を奪ったエミリアを憎み、女としても母としても、あれほど激しく対立していた、夫の元妻だった。エミリアに愛を感じている継子のウィリアムが、その告白を盗み聞きして、母親に迫ったのだった。「ママは医者なんだから、義妹の突然死を証明してよ!」と。
 突然死を医学的に証明された真実。それでもエミリアの心は、救われたわけではないかもしれない。夫の家を出て一人で生きようとする決心は変わらなかった。
 その後、再会した夫と、愛の生活をやり直すのか、または友人のような、いい関係を続けるのか、観客に想像させるような結末の、そのラストシーンも最高に素晴らしく、感動の余韻がずっと残る映画だった。


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