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ローマの哀愁 (アメリカ・1962年) [陶酔させられた映画]

 監督はホセ・キンテーロ。
 原作はテネシー・ウィリアムズ。
 主演はヴィヴィアン・リーと、ウォーレン・ベイティ。
 有名女優カレン・ストーンは、若さを失ったことを自覚し、人気も落ちて女優をやめる決心をする。夫を亡くし、莫大な遺産を相続。一人でローマへ行き、高級アパートを借りて優雅に過ごす。ある日、知人の伯爵夫人から、美青年パオロを紹介され、愛するようになる。パオロは、伯爵夫人と組んだジゴロだが、誇り高いカレン・ストーンを虜にしてしまう。
 主人公の女優カレン・ストーンは、『欲望という名の電車』(アメリカ・1951年)の主人公ブランチ・デュボアと似ている。カレン・ストーンは裕福で、ブランチ・デュボアは浪費のために貧窮していたが、本質的に同じタイプの女性に感じられる。
『欲望という名の電車』でも、自己愛が強く、若さを失った自覚と焦りがあり、男性の愛を求めずにいられないヒロインの心情が描き出されていたが、『ローマの哀愁』のヒロインも、若さを失ったことに絶望し、傷つきながらも、美青年ジゴロの愛に縋らずにいられないような、せつない心情が伝わってくる。
『欲望という名の電車』から、10年後の『ローマの哀愁』。ヒロインに重なって、ヴィヴィアン・リーの、女優として、女性としての歳月も、精神面の変化や人生も、想像されるような感慨深さもあった。
 撮影当時、ヴィヴィアン・リー48歳、ウォーレン・ベイティ24歳。似合いのカップル、どちらも適役中の適役という感じ。
 この映画のウォーレン・ベイティの美青年ぶりには、もう、陶然とした心地にさせられる。美青年といっても、端整な顔立ちというより、まなざしや雰囲気がジゴロ役として、この上なく素敵である。しかも、パオロは、単なるジゴロではない。富裕な女性に甘い言葉を浴びせ続けるとか、ムーディな扱い方が巧みとか、ベッドでの魅力とか、そんな低俗なジゴロではない。ベッドでの魅力は想像されるにしても、20年上の女性カレンを虜にした後、彼女を言葉で傷つけ、勝手で我がままな行動を取り、若い女との関係を嫉妬させる、悪魔的美青年ジゴロである。
 ジゴロが登場する映画を何本か観たが、この映画のウォーレン・ベイティが演じるジゴロほど魅力的な美青年ジゴロを、見たことがない。それほど、魅力的で魅惑的で蠱惑的で眩惑的に美しいジゴロである。
 パオロは現地のイタリア青年であり、アメリカ女優カレンを蔑(さげす)みながら惹かれている、というところが、この原作の素晴らしさに感じられる。カレンはパオロを、お金を欲しがる低俗男と蔑み、パオロはカレンを若さのないアメリカ女と蔑む。それでいて、傷つけるのは愛しているからというような言葉がある。真実の愛があるのかないのか、打算と性の快楽だけなのか、その答えを出さずに、観客の想像と感性にゆだねているような描き方も、この映画の素晴らしさに感じられる。
 欲を言えば、イタリア青年の情熱やエネルギッシュさが、ちょっぴり不足している気がしなくもなく、アメリカ青年俳優ウォーレン・ベイティが都会的でスマート過ぎる、という感じもしなくもないが、そう気にならなかった。
 パオロを失ったカレンが、ストーカーのように付きまとっていた現地の貧しそうな青年に、バルコニーから自宅の鍵を投げる、青年がやって来る、彼を見つめるカレンは、いっときの快楽への期待と同時に、自分におとずれる運命を待ち受けるような表情に感じられて、そのラストシーンは息をのむほど衝撃的。その衝撃の余韻が、観終わった後、いつまでも残っていた。

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